ミステリ好き注目! 2022年エドガー賞を振り返る

 2022年もエドガー賞の長編小説部門のノミネート作品をすべて読みました。至福の時をありがとう、ミステリ作家さんたち。以下、今年のノミネート作品の捜査結果です。それぞれの作品の詳細に関しては後日また書きます。

 その前に、そもそもエドガー賞ってなに?という方のために簡単に賞そのものをご紹介しましょう。

エドガー賞とは

 エドガー賞は、アメリカのMWA(Mystery Writers of America、アメリカミステリー作家協会、アメリカ探偵作家クラブ)という団体が主催する文学賞です。映像作品部門やノンフィクション部門もありますが、アメリカでは最も権威あるミステリー小説の文学賞とされています。読者や書評家が選ぶのではなく、ミステリー小説の作家たち、つまり書き手が選ぶ文学賞で、MWAに所属する9-10人の作家が、前年に英語圏で刊行されたミステリー小説を何百冊も読んで読んで読みまくり投票の結果ノミネート作品と大賞作品を決めています。ノミネート作品の発表は毎年1月、大賞受賞作品の発表は4月です。

2022年のエドガー賞長編小説部門ノミネート作品

 2022年の長編小説部門のノミネート作品は以下の5作品。

The Venice Sketchbook

 英国人作家(現在の拠点はアメリカ)のリース・ボウエン(Rhys Bowen)によるコージー・ミステリ。リース・ボウエンは御年80歳(!)で著書多数。日本でも「英国王妃の事件ファイル」シリーズ等が翻訳出版されているキャリアの長いコージー・ミステリ作家。これは・・・功労賞的なノミネート?? 
 独身を貫き、ひっそりと逝った大好きな大叔母が自分に残した少ない形見の品々。人生に行き詰まった姪が、それらの品々の秘密を追ってベニスへ旅立つ。戦争あり、ロマンスありのヒストリカル・ミステリー。現時点でノミネート作品5作の中で米アマゾンのレビュー数も群を抜いて最多なんだけど、筆者には「なぜこれが?」とクエスチョン・マークで頭がいっぱいになった一作。女性向け??

Razorblade Tears

 アメリカ人作家S・A・コスビー(S.A. Cosby)による長編3作目のノワール。S・A・コスビーは、長編二作目の『Blacktop Wasteland(黒き荒野の果て)』が日本で翻訳出版されている。この小説『Razorblade Tears』も翻訳されそう。
 人種差別、LGBTQ+差別といった問題が入っていて、ものすごく「今」な物語。ミステリ小説というより、オヤジ二人の友情物語でもあり、アクションもあり、ロード・ムービーっぽくもあり、映画化されることが容易に想像できてしまう。と思ったらやはりパラマウントが映画化権を買ったという報道が出た。ネットでは早くも誰を主人公のオヤジ二人にキャストするかで盛り上がってます。

Five Decembers

 アメリカ人作家ジェームス・ケストレル(James Kestrel)による作品。ノミネート作品が発表された時点で、一番ミステリアスな存在だった小説。作者もこれがデビュー作(別名で過去に6作品出版経験のある作家であることが後に判明)で、出版元Hard Case Crimeもあまり大手とは言えない。オーディオブックも最近まで存在しなかった。米アマゾンのレビュー数もかわいそうなくらい少なくて、表紙もなんじゃこりゃだし(これは多分わざとだというのは読後わかる)、なかば義務感で読み始めたが、これがすごかった。いろんな意味で日本人必読。
 ハワイ市警の警察官が、ある凄惨な殺人事件の捜査を担当することになり、そしてその事件に関わったばかりに彼の人生は思わぬ方向に転じてゆく。物語は、真珠湾攻撃直前のハワイに始まり、各国を股にかけ第二次世界大戦後に終わる。どこで終わるかは書くまい。ここで終わんのか、という場所で終わった。大戦に翻弄され数奇な運命を歩むことになった主人公の人生、殺人事件の犯人との対決、そしてメロドラマ的なロマンスまであって、読み応えじゅうぶん。ハードボイルドの味わいがあるスケールの大きな一冊。

How Lucky

 アメリカ人作家、スポーツジャーナリスト、デジタルメディア編集者のウィル・リーチ(Will Leitch)によるコージー・ミステリ。ウィル・リーチは、この小説の前に小説やメモワール、エッセイ集など4作の本を刊行している。
 ある大きな困難を抱えた青年が、中国人留学生が何者かに拉致される瞬間を目撃してしまい、次第に彼自身にも危険が迫る。生命讃歌、人生讃歌、そして作者のカレッジ・スポーツやカレッジ・タウンへの愛に溢れた温かい作品。ミステリやサイコサスペンスにありがちな凄惨な描写が苦手な人におすすめ。

No One Will Miss Her

 アメリカ人作家キャット・ローゼンフィールド (Kat Rosenfield)による3作目の長編小説。サイコサスペンス系のミステリ小説。
 忘れられたアメリカの小さな町、その中ですら忘れられたような存在だったある女。その女が殺害された。警察は、死体発見後に行方不明の彼女の夫を犯人と考えたが・・・? 殺された女の孤独、悲しみ、そして意外な人生が次第に明らかになってゆく。ダークでツイストもあり、『ゴーン・ガール』や『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ』のような雰囲気。 


エドガー賞長編小説部門大賞受賞作品

 以上5作の中から、先日大賞が発表されました。
 なんとなんと、大賞は、『Five Decembers』!!! これはびっくり。いや別に「これよりいいのがあるでしょう」的なびっくりではありません。弱いチームが9回裏に優勝候補に逆転勝ちした時みたいなびっくりです。確かにすごく面白い小説だったんだけど、5作の中で一番小さな出版社からひっそりと刊行され、商業的な成功も受賞前はほかのノミネート作よりもぱっとしなかったし・・・。
 Youtubeに授賞式の動画があったので、観てみましたが、ご本人もとれると思っていなかったのか、本業のハワイでの弁護士業が多忙だったのか、はたまた覆面作家を貫きたかったのか、作者のジェームス・ケストレルさんご自身は欠席。担当編集者が代わりにトロフィーを受け取り、本人から預かった手紙を朗読していました(万が一受賞してしまったときのために書け、と言って書かせたんでしょうね)。
 ケストレルさんは手紙内で、エージェントと編集者に「26社に出版を断られたのに、担当してくれてありがとう」と感謝の意を述べ、さらにこんな感じのことを述べておられました。

「文学賞の選考は主観的なものであり、私がノミネートされなかった文学賞のほうが数えきれないくらいある」
「本の良しあしを評価する方法など無い」
「(授賞式の場にいる)皆さんは、物語を書く人、それを本にするのを手伝う人、なんらかの形でそれに関わっている人のはず。皆さんが世に送り出した忘れがたいすべての物語を、皆さんひとりひとりと祝福したい」
「今、この瞬間、私は昼下がりのホノルルのチャイナタウンのバーに、一冊の本とともにいる。受賞できるかどうか、私にはわからないし、どちらでもかまわない。皆さん全員に、このグラスを掲げます。」

かっこいい~! 最後が、ハードボイルド作家って感じでいいっすね。思い切り、ジョー・マクグレイディ(受賞作の主人公)してます。地で行ってます。

私もグラスをかかげようかな。 ミステリー小説にかんぱーい! もうすでに来年のエドガー賞が楽しみです。

コメント