『The Absolutely True Diary of a Part-Time Indian(はみだしインディアンのホントにホントの物語)』2010年代に全米の図書館でもっとも物議をかもした一冊

 アメリカは、毎年9月の終わりころに禁書週間(Banned Books Week)があります。

 全米各地の公共図書館や学校図書館で利用者(もしくは利用者の保護者)からの抗議や排除要請でBanされてしまったり、目立たない棚に移動させられてしまった本たちに脚光をあて、本の検閲に関して考える全米図書館協会主催のキャンペーンです。

 その一環で、2010年年代(2010年~2019年)の10年間に最も抗議が多かった本トップ100が集計・発表されました。

 全100冊のタイトルは、全米図書館協会のページ(Top 100 Most Banned and Challenged Books: 2010-2019 | Advocacy, Legislation & Issues)を見ていただくとして、トップ10だけカウントダウンすると・・・

第10位  『The Bluest Eye(青い眼が欲しい)』 トニ・モリスン

第9位 『Internet Girls』 シリーズ(『ttfn』『ttyl』『l8r g8r』『yolo』) ローレン・マイラクル

第8位 『Fifty Shades of Grey (フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ)』E.L.ジェイムズ

第7位 『Drama』 レイナ・テルゲマイヤー

第6位 『And Tango Makes Three (タンタンタンゴはパパふたり)』ジャスティン・リチャードソン、ピーター・パーネル

第5位 『George (ジョージと秘密のメリッサ)』アレックス・ジーノ

第4位 『Looking for Alaska(アラスカを追いかけて)』 ジョン・グリーン

第3位 『Thirteen Reasons Why (13の理由)』ジェイ・アッシャー 

第2位 『Captain Underpants (スーパーヒーロー・パンツマン)』シリーズ デイブ・ピルキー

第1位 『The Absolutely True Diary of a Part-Time Indian (はみだしインディアンのホントにホントの物語)』シャーマン・アレクシ― 


第一位にびっくりしてしまいました。これなの? この本なの? 

 トップ10内のほかの本は、議論の的になるのもわからないでもないのですが、一位のこの本・・・そんなに文句つけられるような本!? どんなすごい性描写やら暴力描写やら汚ない言葉やら差別描写が出てくるのかしら・・・これは読むしかありません! やばそうな内容に期待が高まります!!

・・・・・・・・・読みました。

いやあ、素晴らしい本っすね!

 いい小説読んだなあ・・・としか・・・。

 簡単に言うと、インディアン居留地(Reservation, Rez)で育ったネイティブアメリカンの少年の成長の物語です。高校進学に伴い、自分の住む居留地の高校ではなく、白人ばかりが通う高校を選んだ主人公のジュニア君。新しい世界に飛び出し、二つのコミュニティの中でたくさんの出会いや別れを経験していく彼の高校一年生(ちなみに、アメリカの高校一年は日本の中三)の一年間を、自身もインディアン居留地出身である著者が面白おかしくそして悲しく綴っています。

 この短さ。
 この簡潔さ。
 このスピード感。

 私でも辞書なしで読み通せる程度の英語で、少年の深い深い悲しみや怒り、喜びがユーモアと共に表現されています。
 人の心を動かす物語に、難しい言葉など要らないのだと実感しました。
 今年、この本より長い本を何冊も読みましたが、これほど心をがっしりと掴まれた本が何冊あったか?? 全米図書賞受賞も納得です。著者は詩人という事もあり、表現も独特で、好きな表現がたくさんあり、線引きまくりでした。

 体のあちこちが健康ではない状態で生まれ、言語障害もあり、惨めの中の惨めを極めていた彼が、いきなりバスケットボールの優秀な選手になっていたくだりだけちょっと「あれ?」でしたが・・・。

『The Absolutely True Diary of a Part-Time Indian』より。時折入るイラストもすごく楽しい

 それにしても、白人の世界に飛び込んだ非・白人の高校生の一年・・・どっかで読んだことあるなあと思ったら、2020年にニューベリー賞(児童文学のアカデミー賞みたいな文学賞)をとった『New Kid』とまるかぶりじゃないですか。ヤングアダルトの定番テーマの’ひとつなのかな。住み慣れた世界を離れて新しい環境に飛び込む・・・「Fish out of water」とか呼ばれる設定ですよね。『New Kid』も明るくて暖かい感じがよかったけど、こっちのほうが心から血が流れるような葛藤があると思いました。この本のPTA公認バージョンが『New Kid』って感じ。

 そうです、うるさいお父さんお母さんがちょーっと眉をひそめそうな下ネタやジョークがこの本には少しだけ入っているのです。でも、これがどうして過去10年間の抗議殺到第一位になるのか釈然としない私はやはり日本人?

 一応、抗議理由を調査してみたのですが、主な抗議理由は下記のコンテンツが入っているから、ということらしいです。

alcohol(アルコール)
bullying(いじめ)
violence(暴力)
sexual references(性表現),
profanity(汚い言葉、Fワードとか)
slurs(罵りの言葉、Nワードとか)

 居留地のアルコール依存やいじめや暴力の問題を描いた物語なのに、それがコンテンツだからという理由で抗議する意味がわからない。そこが無いと話が成り立たないのに。Nワードも黒人を罵るために使ったわけではないし。居留地のすさんだ環境を表したいのに、登場人物がみんなお上品な言葉話してたらそっちのほうが抗議が来そう。現実と違うだろ、って。
 Fワードは・・・この前に読んだロバート・ガルブレイスの大人の小説で出て来過ぎて麻痺している。なんてったって、男性が女性に心から真剣に謝る時の謝罪が、

I'm fu‗king sorry.

ですから。そっちでは2-3ページに一回は「Fu○k」が出てきたせいか、この小説なんてどこに出て来たのかもわからんかったくらい。 

 性表現は・・・もしかして皆さんあの最初のほうのいきなり「僕はマスターベーションしてます」といきなり告白しだすところを怒っていらっしゃる・・・? 

I spent hours in the bathroom with a magazine that has one thousand pictures of naked movie stars:
(映画スターのヌード写真が千枚載ってる雑誌があったらトイレで何時間だって過ごせるよ。)

Naked woman + right hand = happy happy joy joy
(ヌードの女性 + 右手 = ハッピーハッピージョイジョイ)

(snip) If there were a Professional Masturbators League, I’d get drafted number one and make millions of dollars.
(ー中略ー プロのマスターベータ―・リーグがあったら、僕はドラフト一位で何億円も稼げるね。)

 

  アマゾンのレビューでもここに怒っている人がいましたね~。実際に本人がコトに及んでしまう『アラスカを追いかけて』とか『トワイライト』シリーズとかに比べたら、いいんじゃないのと思うんですけどね。

 白人さんたちよ、「僕は優秀なマスターベーター、誇りを持ってる」って言って喜んでるんだから、それくらいガタガタ言わず許してやれ!!今までネイティブアメリカンにひどいことしてきたんだから!!

 図書館に寄せられた抗議の中に、ネイティブ・アメリカンの当人たちからの

「おいおい、ネイティブ・アメリカンはこんなに悲惨な生活してないだろ? 下げすぎだろ? 俺らもっとまともな生活してるけど??」

っていうのがあったらまだ少し救われたんですけどね。調べた限り、寄せられた抗議にそういうのは無く・・・。あくまで白人さんたちの「お下品ざますわっ!教育的に良くないざますわっ!」という抗議ってことです。ちゃんと、読んでいるのかな・・・抗議した人たち・・・。

 私が捜査するに、この小説がここまで問題視されている理由は、ずばり

「小説として優れているので国語の教材に使われてしまう」、

ここにあるのではないかと思います。

 アメリカって日本でいうところの「国語の教科書」が無いんですよね。
 先生が「この小説を教材に使う」と決めて生徒に読ませたり、生徒たちに図書館や学級文庫みたいなところから自分たちで本を選ばせたりして、それを基に授業をやるわけです。教科書を使わず、出版されている小説から教材を選ぶ。その際に、これが選ばれやすいのだと思います。子供が喜んで読んでくれて、しかも教育したいことが書いてある、そういう本がなかなか少ないそうで。

 しかもこの作品、英語が結構簡単なので、学校によっては6年生とか7年生(中一)のお薦め図書に入っていたり、教材に使われたり・・・。 それで親の知るところとなり、親が「学校図書館から撤去しろ」と抗議する、という定番の流れがあちこちで起こってしまっているのでしょう。

 一件でも抗議が来たら、学区の理事会が学校図書館から撤去するかしないかを話し合って決めないといけないらしく・・・。

 この本が抗議件数最多になって『トワイライト』がならないのは、『トワイライト』を教材に使う教師がいないというだけなんだと思います。青少年向けの小説として評価が高いというのも考えものですね。どうしてもクリーンであることを求められてしまうので。

 私は、アメリカの学生には問題部分も含めて是非是非この小説を読んでもらいたいです。でも、高校生からでいいと思います。高校生くらいになったら、小説に出てくる言葉のうちどれが実際に使ってよいものか、ダメなものかちゃんと分かると思うから。

 大人ももちろん読むべき。

 ネイティブ・アメリカン自身がネイティブ・アメリカンの悲しみと葛藤を軽妙な語り口で綴った傑作です。アメリカのネイティブ・アメリカンの問題なんて興味無いし、という方の中でも、衰退していく故郷に見切りをつけて別の土地に行ってしまった、あるいは自分はそこに残される側である、そういう人はきっと主人公に深く共感できるはずです。

 この記事の最後は、主人公ジュニア君の語りで締めたいと思います。

I cried because so many of my fellow tribal members were slowly killing themselves and I wanted them to live.
(僕は泣いた。たくさんの僕の部族の仲間たちがゆっくり自死しつつあり、僕は彼らに生きてほしかったから。)

I wanted them to get strong and get sober and get the hell off the rez.
(彼らに強くなって、しらふになって、居留地の地獄から出て欲しかったから。)

It’s a weird thing. Reservations were meant to be prisons, you know? Indians were supposed to move onto reservations and die. We were supposed to disappear.
(おかしなことだ。居留地は監獄ってことなんだよな。インディアンたちは、居留地に越してきてそこで死ぬことになってる。僕たちは消えて無くなることになってるんだ。)

But somehow or another, Indians have forgotten that reservations were meant to be death camps.
(でもどういうわけか、インディアンたちは居留地が強制収容所とおんなじだってことを忘れてしまっている。)

I wept because I was the only one who was brave and crazy enough to leave the rez. I was the only one with enough arrogance.
(僕は泣いた。僕だけが一人、そこを出て行くだけの勇気がある頭がおかしいやつだったから。そうできるほど傲慢なやつだったから。)


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